日光社について ABOUT US

日本におけるフォードと日光社
草創期のフォード車販売
フォードが日本への輸出を開始したといわれているのが1905年といわれており、また1909年に三共商会(現在の三共製薬)がフォードの輸入販売権を獲得し販売を始める [これが日本におけるフォード輸入販売の始まり]
そして三共商会がフォードの輸入販売権を放棄後、1910年に輸入販売権を獲得し日本総代理店として横浜・根岸に組立工場を建設、T型フォードの販売を始めたのがイギリス系商社セール・フレーザー商会
1918(大正7年) 9月
日光社の称号にてセール・フレーザー商会と特約店契約し、自動車の輸入販売業務を開始
1925(大正14年) 3月
アメリカ・フォード自動車㈱がセール・フレーザー商会の輸入販売権を解消し日本フォード自動車会社を設立、そして全国に代理店を募集し日光社は正規代理店となる。
第二次世界大戦以前のフォード車
日本フォード自動車会社は設立後、横浜・子安で組立生産を開始、1927年にA型フォードを導入し1939年まで自動車とトラックを年産10,000台のペースで生産しており、当時の日本のトップ自動車メーカーでした
当時の輸入車は性能、品質、コストのいずれの点をとっても,国内で製作される自動車よりも明らかに優れており、また海外企業の日本進出も対して好意的であったといわれています

1938(昭和13年) 3月
法人組織に改め、株式会社 日光社を設立
第二次世界大戦 戦時中のフォード車
日本フォード自動車会社は1935年に横浜・鶴見にて車両の製造・組立を拡張しようとしたが、日本政府が許可を与えず、また1936年に日本国内での自動車生産は50%以上日本の資本が入っている会社にのみ許可するという法律が制定、これを機にフォードは日本での操業を中止した(1940)
この戦時下で日光社は京都府下主要工場の指定を受け京都近隣の官公署や主要会社の自動車整備や戦後の進駐軍の自家用車の修理などをおこなう
1941(昭和16年)
第二次世界大戦により日本フォード自動車会社が閉鎖、資産は日本軍に接収される。以降、当社を始め国内のフォード代理店は自動車の修理や部品の国産化や販売に専心することとなる。
第二次世界大戦 戦時中のフォード車
日本フォード自動車会社は1935年に横浜・鶴見にて車両の製造・組立を拡張しようとしたが、日本政府が許可を与えず、また1936年に日本国内での自動車生産は50%以上日本の資本が入っている会社にのみ許可するという法律が制定、これを機にフォードは日本での操業を中止した(1940)
この戦時下で日光社は京都府下主要工場の指定を受け京都近隣の官公署や主要会社の自動車整備や戦後の進駐軍の自家用車の修理などをおこなう
戦後のフォード車の販売再開
終戦後、設立されたGHQによりOAS(Overseas Automotive Service)業務が開始され、1947年戦後初の輸入車取扱業者としてニューエンパイアモーターが設立、その後梁瀬自動車や日清自動車等がOAS業務を開始する。
1950(昭和25年) 6月
通産省より外車輸入業務が政府管理から民間への切替えが行われるようになり、日光社が指定自動車販売店規則による特約店となり、フォード自動車㈱の特約店として直輸入および整備業務を再開する
国内販売自由化とフォード車の販売拡大期
独立系代理店19社で再出発したフォード車も日本の高度成長に伴う輸入車抑制政策の見直しから外貨割り当て枠の拡大など輸入自由化が進んだ。マスタングの発売開始(1964年)などを経て日本での販売が順調に推移、1974年フォード自動車(日本)が設立される。また1979年にはフォード・モーター・カンパニーがマツダへの出資を開始
高度経済成長期におけるライフスタイル変化などにより自動車が急速に普及、これにより1963年の名神高速道路開通にはじまり高速道路の建設・整備が進められました。


オイルショックによるアメリカ車の販売不振とフォードの日本撤退(1回目)
独立系代理店19社で再出発したフォード車もMustangの発売開始(1964年)などを経て日本での販売が順調に推移、1974年フォード自動車(日本)が設立される。また1979年にはフォード・モーター・カンパニーがマツダへの出資を開始。しかし第二次オイルショックを機に1982年フォード自動車(日本)が自動車の輸入業務から撤退
1982(昭和57年) 5月
フォード自動車(日本)により輸入業務の撤退に伴い、近鉄モータースを中心に北海自動車工業、カメイ、ニューエンパイアモーター、日光社、欧米モータースによるフォード輸入組合が設立され、直輸入による販売契約書を更改、日本でのフォード車の販売を継続
オートラマ車の販売開始とフォード輸入組合におけるニューモデルの日本導入
1981年フォード自動車(日本)とマツダを中心にオートラマが設立し、フォードブランド車両をマツダの工場で生産を開始。1986年には初の専売車種としてフェスティバが発売される。一方、フォード輸入組合も日本におけるステーションワゴンブールのきっかけとなったトーラスや当時はSUVという言葉はなかったがその先駆けとなるブロンコやエクスプローラーなどの直輸入の利点を生かしニューモデルの販売を次々と開始。
1982(昭和57年) 10月
オートラマ日光社を発足
米国本社販業績不振とアジア地域再編に伴うフォードの日本撤退(2回目)
2016年アメリカ本国の業績不振とアジア地域の再編を理由に日本市場からの完全撤退を表明。日本統括法人フォードジャパンおよび直営販売会社を閉鎖。撤退後はピーシーアイにより部品供給やリコール対応や保証業務といったアフターサービスが行われているフォード日光社も撤退後もユーザーが安心してカーライフを過ごせるよう引き続きフォード車の整備を提供しております。
1987(昭和62年) 9月
ドイツ ブリロン市のHoppeckeバッテリーの輸入販売を開始する
1988(昭和63年) 10月
現 本社ビルと併設ショールームの新築に着手。1992年竣工。
2003(平成15年) 4月
Johnson Controls Industry(JCI)がHoppeckeバッテリーを買収、これ以降に同じく買収された「Optima」バッテリー、「Varta」バッテリーの正規販売を開始する
2004(平成16年) 12月
ドイツ MOLLバッテリーの輸入販売を開始する
2014(平成26年)
ビステオン Johnson Controls Japan社を統合
2017(平成29年) 12月
オーストリア BANNERバッテリーの輸入販売を開始する
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