大正7年9月 | 日光社の称号をもって、京都駅前で自動車および同部分品付属品の販売を営むほか、アメリカ フォード社の日本総代理店 セールフレーザー商会と特約し、自動車の輸入販売業務を開始した。
富士ラビット(日光社旧社屋) 日光社の「日光」をデザインした最上部中央のアーチ窓 |
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大正14年3月 | アメリカ フォード自動車(株)が日本フォード自動車会社を設立する。 ただちに同社の京都府および近隣府県の代理店となり、同社製品の販売ならびに整備を行い、わが国の自動車業界の先駆となる(1925) 日本フォード 横浜子安工場 |
昭和13年 3月 | 法人組織に改め、㈱日光社を設立。(1938) |
昭和16年 | 第二次世界大戦により日本フォード自動車会社が閉鎖。これにより当社は専ら自動車の修理ならびに付属品・部品の販売に専心することになる。そして京都府下主要工場の指定を受け、京都および近隣官公署主要会社等の自動車整備の殆どを引き受けることになる。 |
昭和22年 7月 | 京都ポストコマンドとの契約により、進駐軍の自家用車の修理サービスを開始する。 |
昭和24年 9月 | 現在地に修理工場および保税倉庫を建設。自動車二級重整備工場として運輸大臣より認定を受ける。し |
昭和25年 6月 | 通産省より契約外資本の割当てを受け、指定自動車販売店規制による特約店となり、フォード自動車㈱の特約店となり、同社製品の直輸入および整備業務を再開する。昭和36年、政府による一般人への外車販売を許可し差益金制度による割当てを行う。昭和39年より実質上の自由化。 |
昭和26年 6月 | ブリジストンタイヤ㈱の特約店となり、同社製品の販売を再開する。 京都市電とともに(昭和30年代) |
昭和38年 9月 | 大阪陸運局長より道路運送法による指定自動車整備事業の指定を受ける。 当時の修理工場 |
昭和42年11月 | 石川県松任市に「北陸支店」を開設。[昭和52年3月閉鎖] |
昭和49年11月 | フォード自動車(日本)㈱の設立により販売契約書更改される。これにより、昭和50年以降はフォード自動車(日本)㈱が一括輸入することとなる。 |
昭和57年 5月 | フォード自動車(日本)㈱が自動車の輸入業務を廃止、販売契約書を更改する。これにより、83年式モデルより直輸入に切り替わる。 |
昭和57年10月 | 「オートサロン」としてショウルームを開設、M.Benz、BMW等の直輸入販売を開始する。また「オートラマ日光社」発足。オートラマ車の販売を開始する。 |
昭和61年 1月 | RoverJapan京滋代理店となり、Mini、Rover車、Peugeot車の販売を開始する。 |
昭和62年 6月 | ドイツ ブリロン市のHoppeckeバッテリー㈱正規販売代理店となる。 |
昭和63年 2月 | オートラマは開業5周年を機に輸入フォード車をオートラマチャンネルで発売する。 |
平成2年 4月 | 本社ビル完成。鉄筋コンクリート造 地上7階地下2階 |
平成3年 5月 | VW Audi日本㈱京都地区正規販売店となり、VW車およびAudi車の販売を開始する。 |
平成7年10月 | 京都府京田辺市に「田辺支店」を開設。Rover車の販売ならびに整備を開始する。[平成17年8月閉鎖] |
平成8年 7月 | 京都市左京区松ヶ崎に「北山店」を開設。Rover車の販売を開始する。[平成10年7月閉鎖] |
平成10年 9月 | Rover Japan㈱がBMW Japan㈱に吸収合併。これに伴いRover車、LandRover車の販売契約がBMWJapan㈱との販売契約となる。 |
平成12年 3月 | BMWJapan㈱が年内でのRover車の輸入業務の停止を決定。LandRover車についてはLandRoverJapan(現在のPGAインポート)との契約となる。 |
平成14年11月 | 「Volkswagen京都南」シュウルームを全面改装。VWの取扱車種のフルラインナップ化に合わせた全国有数の広さを誇るショウルームとなる。 |
平成15年 2月 | 「田辺支店」を「Ford日光社 田辺支店」として全面改装。 |
平成15年 3月 | 「LandRover京都」ショウルームを全面改装。 |
平成15年 4月 | Johnson Controls Industry(JCI)によるHoppecke スターターバッテリー部門の買収に伴い、「Optima」バッテリー、 「Varta」 バッテリーの正規販売店となる。 |